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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)179号 判決

東京都世田谷区東玉川2丁目34番8号

原告

寺町博

同訴訟代理人弁理士

成瀬勝夫

同弁護士

中村智廣

三原研自

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

鍛冶澤實

酒井徹

幸長保次郎

関口博

伊藤三男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成2年審判第23140号事件について平成6年5月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和62年1月26日、名称を「曲線摺動用ベアリング」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願昭62-14132号)をしたが、平成2年10月15日拒絶査定を受けたので、同年12月28日審判を請求した。特許庁は、この請求を平成2年審判第23140号事件として審理した結果、平成6年5月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年6月27日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

水平部とその左右両側部から垂下する袖部とを有して下面側に凹部を有し、上記各袖部の内面側には夫々1条の負荷ボール溝を有し、かつ、これら負荷ボール溝に対応する無負荷ボール通路を備えた摺動台と、この摺動台の前後両端面に取付けられ、上記各負荷ボール溝と各無負荷ボール通路との間を連通連結してボール無限軌道を構成するボール循環路を備えた一対の蓋体と、少くとも一部が上記摺動台の凹部内に所定の間隙を維持して嵌合すると共に、その左右両側部にはその長手方向に沿って上記負荷ボール溝に相対向するボール転走溝を有する軌道レールと、これら摺動台の負荷ボール溝と軌道レールのボール転走溝との間で四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボールとからなり、上記軌道レールを円弧状あるいは円形状に形成すると共に上記摺動台側の各負荷ボール溝及び軌道レール側の各ボール転走溝を円弧状に形成し、これら負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させたことを特徴とする曲線摺動用ベアリング。(別紙図面1第1図及び第8図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本願の出願の日前の他の出願であって、その出願後に出願公開された特願昭60-241677号(特開昭62-101914号公報参照)の願書に最初に添付された明細書又は図面(以下、「先願明細書」という。)には(別紙図面2参照)、

「一定の曲率半径Rをもって形成された内外径両側面に負荷ボール溝21’、21”を有する軌道体10と、該負荷ボール溝21’、21”に適合する曲率の負荷ボール溝11、11’を二つの脚部21Lの内面に形成したベアリング本体21と、無負荷ボール30の循環手段21”’、22’とから成る旋回ベアリング。」(同公報特許請求の範囲及び第1ないし第3図参照)が記載され、また、「第1図において符号10は中心線が曲率半径Rを有する軌道体であって、円形をなすものの一部のみを示してある。」(同公報2頁左上欄11行ないし14行参照)こと、「第1図に示すリターンキャップ22はボールを180度方向変換させるための方向転換溝22’を有しており、この部分において180度方向転換された無負荷ボールがベアリング本体21に貫通して設けられた無負荷ボール溝21”’に導かれてボールが無限に循環するようになっている。」(同公報2頁右上欄12行ないし18行参照)こと及び「実施例においては、ボールの列が上下に2列づつ設けられてあるが、このようにボール列を2列にすることは必ずしも必要ではなく、第7図、第8図に示す実施例のようにボールの列は1列であってもよいのである。このうち、第7図に示したものは、第1図の実施例に対応するものであって、無負荷ボール溝はベアリング本体71に貫通する孔71’から形成されている。」(同公報2頁右下欄7行ないし16行参照)ことが記載されている。そして第7図からベアリング本体71は水平部とその左右両側部から垂下する袖部(脚部)とを有して下面側に凹部を有し、各袖部の内面側には夫々1条の負荷ボール溝を有しかつこれら負荷ボール溝に対応する無負荷ボール通路を備えたことが認められる。(なお、第7図は、第4実施例の断面図であって、第1実施例の第2図に相当する断面であり、ベアリング本体71の袖部の一部にボールを出し入れする蓋を設けた箇所を示している。第7図を一見すると、無負荷ボール溝が袖部と他の部材との間に穿孔されている様に見えるが、これは蓋を設けた箇所のみであって、上記記載の通り、ベアリング本体71の袖部に貫通された孔71’が形成されていて、この孔71’が無負荷ボール通路となっている。)

(3)〈1〉  そこで、本願発明と先願明細書に記載されたものとを比較検討すると、本願発明の「無負荷ボール溝8」、「無負荷ボール通路9」、「摺動台1」、「ボール循環路10」、「蓋体2」、「ボール転走溝11」、「軌道レール3」、「ボール4」及び「曲線摺動用ベアリング」はそれぞれ先願明細書記載のものの「負荷ボール溝21’、21”(「11、11’」は誤記と認める。)」、「無負荷ボール溝21”’、71’」、「ベアリング本体21、71」、「方向転換溝22’」、「リターンキャップ22」、「負荷ボール溝11、11’(「21’、21”」は誤記と認める。)」、「軌道体10」、「負荷ボール30」及び「旋回ベアリング」に相当するから、両者は、水平部とその左右両側部から垂下する袖部とを有して下面側に凹部を有し、上記各袖部の内面側には夫々1条の負荷ボール溝を有し、かつ、これら負荷ボール溝に対応する無負荷ボール通路を備えた摺動台と、この摺動台の前後両端面に取付けられ、上記各負荷ボール溝と各無負荷ボール通路との間を連通連結してボール無限軌道を構成するボール循環路を備えた一対の蓋体と、少くとも一部が上記摺動台の凹部内に所定の間隙を維持して嵌合すると共に、その左右両側部にはその長手方向に沿って上記負荷ボール溝に相対向するボール転走溝を有する軌道レールと、これら摺動台の負荷ボール溝と軌道レールのボール転走溝との間で四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボールとからなり、上記軌道レールを円形状に形成すると共に上記摺動台側の各負荷ボール溝及び軌道レール側の各ボール転走溝を円弧状に形成し、これら負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた曲線摺動用ベアリングである点で構成が一致している。

〈2〉  そして、先願明細書記載のものも、摺動台と軌道レールとの間でボールを介して四方向の荷重を負荷しながら曲線摺動案内することができ、これらの間で各ボールが略々均等に荷重を負荷して大きな荷重を負荷することができ、ボールの転がり運動によって軌道レール上を摺動台が摺動するのでその間にほとんど滑りが発生せず、この部分での摩擦抵抗が小さくて高速運転が可能になり、さらに摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができるという本願発明の効果と同じ程度の作用効果を奏するものであると認められる。

(4)  したがって、本願発明は先願明細書に記載された発明と同一であると認められ、しかも、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないので、本願発明は、特許法29条の2第1項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)、(2)は認める。

同(3)〈1〉のうち、本願発明の「曲線摺動用ベアリング」が先願明細書に記載のものの「旋回ベアリング」に相当すること、両者が、四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボールとからなり、上記軌道レールを円形状に形成すると共に上記摺動台側の各負荷ボール溝及び軌道レール側の各ボール転走溝を円弧状に形成し、これら負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた曲線摺動用ベアリングである点で構成が一致していることは争い、その余は認める。同(3)〈2〉のうち、先願明細書に記載のものも、四方向の荷重を負荷しながら曲線摺動案内することができ、これらの間で各ボールが略々均等に荷重を負荷すること、さらに摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができるという本願発明の効果と同じ程度の作用効果を奏するものであることは争い、その余は認める。

同(4)のうち、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないことは認め、その余は争う。

審決は、先願明細書に記載のものの技術的内容の認定を誤り、かつ、本願発明の技術的内容の認定を誤ったため、本願発明と先願明細書に記載のものの一致点の認定を誤り又は相違点を看過し、その結果、発明の同一性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(曲線摺動用ベアリングの点)

審決は、本願発明の曲線摺動用ベアリングが先願明細書に記載のものの旋回ベアリングに相当すると認定しているが、誤りである。

先願明細書に記載のものは、旋回ベアリングに係るものであり、旋回ベアリングとしての必須の構成である内輪と、外輪と、これら内外輪の間に介装された多数のボールとで構成されているものである。すなわち、ベアリング集合体はその4ないし8個が一体となって旋回ベアリングの内輪又は外輪を構成し(甲第9号証3頁左上欄6行、7行)、また、「軌道体10」及び「負荷ボール溝11、11’」は、円形をなして旋回ベアリングの外輪又は内輪そのものを構成し、更にこれらベアリング集合体と軌道体10との間に多数のボール30を介装して旋回ベアリングを構成しているものである。そして、上記のベアリング集合体は、旋回ベアリングの内輪又は外輪として組み込まれたその4ないし8個の全体が常に一体となって移動又は固定されるものである。

これに対して、本願発明の曲線摺動用ベアリングは、基本的には、円弧状又は円形状に形成される軌道レールと、この軌道レール上に1個又は複数個配設される摺動台と、これら摺動台と軌道レールとの間に介装される多数のボールとからなるものであり、各摺動台は個々に独立してこの円軌道上に沿って曲線摺動案内されるものである。

(2)  取消事由2(軌道レールの点)

審決は、本願発明と先願明細書に記載のものは、軌道レールを円形状に形成するとともに上記摺動台側の各負荷ボール溝及び軌道レール側の各ボール転走溝を円弧状に形成した点で一致すると認定するが、誤りである。

〈1〉 先願明細書に記載のものにおける「軌道体10」及び「負荷ボール溝11、11’」は、「円形をなすものの一部のみを示してある」(甲第9号証2頁左上欄13行、14行)と記載されているように、完全な形の円形をなしている。

これに対し、本願発明における軌道レールは、円弧状又は円形状に形成し、円形状に構成する場合は複数の円弧状の軌道レールを組み合わせて形成するものである。本願発明において円形状の軌道レールを複数の円弧状の軌道を組み合わせて形成する点は、本願発明の課題や作用効果を勘案すれば(甲第2号証4頁左上欄15行ないし右上欄5行、第8図)、本願明細書に実質的に記載されていると解すべきである。すなわち、多数のボールが四方向の荷重を負荷し、また、略々均等に荷重を負荷して大きな荷重を負荷することができ、そして、各ボールに予圧を作用させるためには、ボールに予圧を付与するための特別な構成が存在しない限り、各ボールに予圧を付与するためにいわゆるボールの選択嵌合を行う必要があるが、そのためには、軌道レールに「端部」が存在することが必要である。そして、本願明細書(甲第2号証)に記載されている蓋体の構成は、軌道レールが直線でその両端に端部を有する直線摺動用ベアリングにおいて広く知られている蓋体であること、このような直線摺動用ベアリングにおいては軌道レールに蓋体付きの摺動台を組み付ける際に軌道レールの端部が普通に利用されていること、更に軌道レールについて端部を有する円弧状のものをその基本としていることを勘案すると、軌道レールに蓋体付きの摺動台を組み付ける際に軌道レールに端部が必要であることは、当業者において容易に理解されることであり、実質的に記載されているということができる。

したがって、本願発明と先願明細書に記載のものとは、軌道レールの構成において全く異なるものである。

〈2〉 被告は、先願明細書に記載のものにおいても、比較的に大きい軌道レールであるので、複数の円弧状部品を組み合わせて円形状軌道体を創作する旨主張する。原告も、トラックレーン、産業用ロボット等の各種の旋回部分の支持が比較的大きい場合に複数の円弧状部品を組み合わせて円形状軌道体を構成することがあることは認めるが、旋回部分の支持が常に大きいとは限らず、一般的には始めから完全な円形状に形成されるのが普通である。

また、被告は、円形軌道レールを如何にして形成するかは、物の発明には関係のない技術的事項である旨主張する。しかしながら、「方法的に表現する以外に適切な表現方法がなく、それにより物が特定出来る場合」には、物の発明においても技術的手段を方法的に表現することが許されているところであり、本願発明においても、「軌道レールを円弧状あるいは円形状に形成する」という部分は、実質的には「軌道レールを円弧状に形成し、円形状の軌道レールを構成する場合には複数の円弧状の軌道レールを組み合わせて形成する」と解されるべきである。

さらに、被告は、本願発明において、蓋体が分割型等の構成を採れば、端部がなくとも軌道レールに摺動台を組み付けることができると主張する。しかしながら、本願明細書にはどこにもその蓋体が分割型等の特別な構成を採ることがあるとは記載されておらず、また、分割型等の蓋体構成が本願発明の出願時に周知の技術であったとも考えられないので、本願発明において、蓋体が分割型等の特別な構成を採ることがあるとは到底解釈することができない。また、蓋体を左右に分割すると、左右に分割された半分の蓋体についてそれぞれ正確な位置決めが必要になり、厳密な位置決めが要求された取付け時に多大な手間を要する蓋体の取付作業が更に2倍に増加し、蓋体を分割することは工業的な製造上の観点からは現実的でない。

〈3〉 仮に被告主張のとおり、先願明細書に記載の旋回ベアリングが分割型等の蓋体構成を備えているとしても、本願発明の曲線摺動用ベアリングとはその軌道体及び蓋体の構成において顕著に相違するものであり、かかる場合においても、本願発明を先願明細書記載のものと同一であるとすることはできない。

(3)  取消事由3(仮想円中心の一致の点)

審決は、本願発明と先願明細書に記載のものは、「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」点で一致すると認定するが、誤りである。

〈1〉 先願明細書には、「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成は記載されていない。先願明細書に記載のものにおいては、前記(2)に述べたとおり、「軌道体10」は完全な「円形をなすもの」としてのみ観念され、本願発明の軌道レールのように円弧状のものとしては観念されていないのであるから、そもそも本願発明にいう軌道レールの「仮想円中心」を観念する余地は存在しない。

〈2〉 さらに、本願発明が「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成を採用した目的は、複数の円弧状の軌道レールを組み合わせて円形状の円軌道を形成する場合に、これら各円弧状の軌道レールを取り付ける際の位置決めの基準とするためであり(甲第2号証4頁左上欄15行ないし18行)、「・・・摺動台の負荷ボール溝と軌道レールのボール転走溝との間で各ボールが略々均等に荷重を負荷するので全体として大きな荷重を負荷することができ、・・・さらに、摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図る目的で予圧を作用させることもでき、・・・」(同3頁右上欄9行ないし18行)を達成するためである。

この点について、先願明細書に記載のものにおいては、「・・・これらの軌道体10の負荷ボール溝11、11’とベアリング本体21の負荷ボール溝21’、21”の各曲率は負荷ボール30を挟むことができるように適合していなければならない」(甲第9号証2頁右上欄6行ないし10行)と記載されているように、軌道体10の負荷ボール溝11、11’とベアリング本体21の負荷ボール溝21’、21”とはその各曲率が負荷ボール30を挟むことができるように「適合」しているにすぎないものであって、上記本願発明における作用効果を達成し得ることまで教えるものではない。

(4)  取消事由4(均等荷重の点)

審決は、先願明細書に記載されたものも、摺動台と軌道レールとの間でボールを介して「四方向の荷重を負荷しながら曲線摺動案内することができ」、これらの間で「各ボールが略々均等に荷重を負荷して」と認定するが、誤りである。

〈1〉 先願明細書には、「ベアリング本体21、71」と「軌道体10」の間で、各「負荷ボール30」が略々均等に荷重を負荷するという点を教える記載はない。

また、仮に先願明細書の「ベアリング本体21、71」と「軌道体10」の間で「負荷ボール30」を介して四方向の荷重を負荷できるとしても、摺動台と軌道レールとの間でボールを介して四方向の荷重を負荷しながら曲線摺動案内することができ、また、これらの間で各ボールが略々均等に荷重を負荷して大きな荷重を負荷することができるためには、摺動台と軌道レールとの間でボールの弾性変形領域内でこのボールに充分な予圧を作用せしめ、各ボールが有する直径の誤差を吸収しなければならない。しかしながら、先願明細書に記載のものにおいては、前記(3)に記載したとおり、単に軌道体10の負荷ボール溝11、11’とベアリング本体21の負荷ボール溝21’、21”の各曲率を負荷ボール30を挟むことができるように「適合」させただけであり、これによって軌道体10とベアリング本体21との間で各ボールが有する直径の誤差を吸収するのに充分な大きさの予圧を作用せしめることができるとは考えられない。

先願明細書には、「上下左右方向からの負荷を支持することができる」(甲第9号証3頁左上欄3行、4行)と記載されているが、実際にどうのようにすれば四方向荷重を負荷しながら転走する多数のボールを備えた旋回ベアリングを実現できるのかについては何らの記載もない。

〈2〉 被告は、本願明細書の特許請求の範囲には予圧を付与することが記載されていない旨主張する。しかしながら、理論的には多数のボールが四方向の荷重を負荷するということとボールに予圧が付与されるということとは直接的な関連性はないが、現実的にはボールに予圧を付与させることなく多数のボールに四方向の荷重を負荷せしめることは不可能に近いことであり、特許請求の範囲の「摺動台の負荷ボール溝と軌道レールのボール転走溝との間で四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボール」という構成によりボール予圧付与の構成も実質的に記載されていると解することができる。

被告は、先願明細書に記載のものについて、蓋体が分割型であると主張する。しかしながら、先願明細書の第1図には蓋体が確かに分割型であると確認できる具体的な事項は描かれておらず、また、先願明細書のどこにも第1図ないし第3図に示された実施例の蓋体が分割型であることを示す記載は一切なく、また、これを示唆する記載も認められない。

(5)  取消事由5(予圧の付与の点)

審決は、先願明細書に記載のものについて、「摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができる」と認定しているが、誤りである。

先願明細書には、摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることは記載されておらず、また、この点を教える記載もない。先願明細書に記載のものにおいて予圧を作用させる目的は、先願明細書に「軌道体とベアリング本体とは予圧が付与された状態で組立て一体化されうるので、組立て、取付を容易に行うことができる。」(甲第9号証2頁左上欄5行ないし7行)と明確に記載されているように、軌道体とベアリング本体との間の組立て一体化、換言すれば、各ベアリンク本体を軌道体に取り付けてこの軌道体から落下しないという意味での予圧のみであり、摺動運動の精度の向上や剛性の向上まで意図したものであると解することはできない。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

先願明細書には、「例えば、トラッククレーン、産業用ロボット等の各種の旋回部分の支持に用いられる旋回ベアリング」(甲第9号証1頁左下欄11行ないし13行)であって、「軌道体とベアリング本体と間に相対的移動が生じようとすると、軌道体とベアリング本体の夫々の負荷ボール溝の間に挟まれたボールが転がることによって、両者間の案内がなされ、且つ無負荷ボールの循環手段が設けられていることにより、ボールが無限に循環する。」(同1頁右下欄19行ないし2頁左上欄4行)もので、「必ずしも軌道体が回転する使用法に限らず、軌道体が固定される使用法も可能である。」(同3頁左上欄7行ないし9行)ことが記載されているから、両者は、産業上の利用分野において、産業用ロボット、トラッククレーン、ロボット等を用いる搬送システムなどに利用されるから、軌を一にし、また、本願発明の曲線摺動用ベアリングの基本構成と比べても、先願明細書に記載の旋回ベアリングは、軌道体(軌道レール)と、ベアリング本体(摺動台)と、これら軌道体とベアリング本体との間に介装される多数のボールとから成る点でも同一であり、その旋回ベアリングの動きも、軌道体が固定される場合には、相対運動させる結果として、当然にベアリング本体をその軌道体の円軌道に沿って曲線摺動案内させるものとなり、先願明細書に記載の旋回ベアリングは、従来の内輪外輪方式、例えば甲第10号証に記載のもの、とは明らかに相違して、本願発明のような曲線摺動用ベアリングの技術思想を明確に開示するものである。

(2)  取消事由2について

〈1〉 本願発明は、「軌道レールを円弧状あるいは円形状に形成する」ものであり、一方、先願明細書には軌道体を円形状に形成することが明確に記載されており、この点において両者の軌道レールの構成は同一である。原告は、円形状軌道レールの形成方法の相違を理由に「端部」の有無の相違を主張するが、その主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものであり、失当である。

しかも、軌道レールの製造過程においては、搬送システムなどの軌道レールとして用いられる比較的に大きい軌道レールは、部品ブロックである円弧状レール部品を形成してそれらレール部品を組み合わせて円形状軌道レールを構成することが極く一般的であり、軌道レールに限らず、比較的に大きい円形状物を創作する場合には複数の円弧状部品を形成してそれら部品を組み合わせて円形状物とすることが技術常識であるから、本願発明における円形状軌道レールも、先願明細書に記載の円形状軌道体も、円弧状部品を組み合わせて円形状にしたもの及び直接に円形状のにしたものの双方を含むものである。

〈2〉 原告は、軌道レールに摺動台を組み付けるためには端部が必要である旨主張する。確かに、本願明細書の図面に開示されている曲線摺動用ベアリングにおいては蓋体が軌道レール両端部のボール転走溝をおおう内方突き出し部分を持って一体成形されているから軌道レールに摺動台を組み付ける際に端部が必要となるが、本願明細書の特許請求の範囲には、蓋体の構成が内方突き出し部分を持つ一体成形したものであると特定されていないから、原告のこの点の主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかないものである。また、蓋体の構成が、分割型等であれば、軌道レールに端部がなくとも、軌道レールに摺動台を組み付けることは可能である。

また、原告は、ボールに予圧を付与するためボール選択嵌合を行うには、軌道レールに端部が存在することが必要である旨主張する。しかしながら、本願明細書には、「本発明実施例に係る曲線摺動用ベアリングにおいては、例えばその摺動台1側の負荷ボール溝8と軌道レール3側のボール転走溝11との間に若干大きめのサイズのボール4を選択して嵌合するいわゆるボール選択嵌合の手段、左右いずれか一方の袖部6に割溝を設けてボルトで摺動台1側の負荷ボール溝8と軌道レール3のボール転走溝11との間の間隔を調整するようにしたいわゆる隙間調整手段等の適当な手段で予圧の調整を行うことができる。」(甲第2号証4頁左下欄8行ないし17行)と記載されている。この記載から明らかなように、一般に、ボールに予圧を付与する方法はボール選択嵌合の方法に限られないし、本願発明の特許請求の範囲においても、ボールに予圧を付与する方法はボール選択嵌合の方法に限定されていない。したがって、ボールに予圧を付与する方法がボール選択嵌合の方法に限られ、そのために軌道レールに端部が必要であるとの原告の主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、失当である。

(3)  取消事由3について

〈1〉 本願明細書の特許請求の範囲の「軌道レールを円弧状あるいは円形状に形成すると共に・・・負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」という記載からして、「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成は、円弧状軌道レールと円形状軌道レールとの両方に係る構成要件であるから、仮想円中心は、円弧状軌道レール及び円形状軌道レールの両方にある概念である。そして、円形状軌道レールは、前記(2)〈1〉で述べたとおり、(a)円弧状のもの、(b)円弧状部品を組み合わせた円形状のもの、(c)直接に円形状のもの、を含むから、本願明細書の仮想円中心は、これら三つの軌道レールにある概念である。そして、本願発明の仮想円中心の「仮想」には、単に円弧状のものあるいは円形状のものを形成する場合の円中心以外の意味が認められない。したがって、原告の仮想円中心との概念は円弧状であるが故に生ずる概念であるとの主張は、本願明細書の記載に基づかない主張である。

先願明細書の円形状軌道レールが、直接に円形状軌道レールを構成するものと、円弧状部品を形成してからそれら円弧状部品を組み合わせて円形状軌道レールを構成するものを含むことは、前記(2)〈1〉に述べたとおりであるから、その円中心は、本願発明の前記(b)と(c)の円形状軌道レールの仮想中心と何ら差異はない。したがって、先願明細書にも本願発明の仮想円中心とは何ら差異はない円中心が記載されていて、仮想円中心の概念が記載されているといえる。

〈2〉 先願明細書には、「一定の曲率半径をもって形成された内外径両側面に負荷ボール溝を有する軌道体と、該負荷ボール溝に適合する曲率の負荷ボール溝を二つの脚部内面に形成したベアリング本体」(甲第9号証特許請求の範囲及び1頁右下欄13行ないし17行)と記載されている。この記載からして、軌道体の内外径両側面は軌道体の円中心を基として一定の曲率半径をもって形成されており、その側面に設けられた負荷ボール溝も一様なボール転走路を構成するには当然に同じ円中心を基として一定の曲率半径により形成するのが普通であり、また、その負荷ボール溝に適合するベアリング本体の負荷ボール溝も同じ円中心を基として形成するのが一様なボール転走路を構成するために自然のことである。それ故に、円形状又は円弧状の軌道レールであっても、ボール転走路を一様に構成するために軌道レールと同一円中心により負荷ボール溝及びボール転走溝を形成することは、設計上の技術常識であるから、先願明細書に記載のものは、本願発明と同じく、軌道体の円中心と各負荷ボール溝の円中心とは一致しているものであると見るのが技術的に妥当である。

したがって、先願明細書にも、「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成が開示されているものである。

(4)  取消事由4について

先願明細書には、「ボールの列が・・・上下左右方向からの負荷を支持することができる旋回ベアリングを実現することができる。」(甲第9号証2頁右下欄20行ないし3頁左上欄5行)ことが記載され、明らかに四方向荷重を負荷しながら転走する多数のボールを備えるから、本願発明の「摺動台の負荷ボール溝と軌道レールのボール転走溝との間で四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボールとからな」る構成を備えている。そして、前記(3)で述べたとおり、先願明細書には、「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成が開示されている。したがって、先願明細書において、「摺動台の負荷ボール溝と軌道レールのボール転走溝との間で四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボールとからな」る構成及び「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成によって、各ボールが略々均等に荷重を負荷して、その結果として大きな荷重を負荷できるものとなる。

したがって、両者の構成が同一であるから、その効果も当然に同一であり、その技術的課題も達成されるものである。

(5)  取消事由5について

原告は、先願明細書には、摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることは記載されておらず、また、この点を教える記載もない旨主張する。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲には、そもそも予圧を付与することが記載されていないから、先願明細書に記載のものにおいて予圧の付与ができないことを指摘することは、本願発明の特許請求の範囲に基づかない主張である。

仮に、予圧を付与することが本願明細書の特許請求の範囲に記載されているとしても、先願明細書に記載された旋回ベアリングにおいても、ベアリング本体側の負荷ボール溝と軌道体側の負荷ボール溝との間の間隔を考慮して、ボールに予圧が加わる適切な寸法のボールを選択して蓋体21A(別紙図面2第3図参照)の部分から無負荷ボール循環手段へ供給し、それら無負荷ボール溝の間にボールを充填することができる。それ故に、組み立てられた軌道体とベアリング本体との負荷ボール溝の間の間隔とその選択されたボールの寸法との関係からボールに予圧を付与できることが明らかである。

また、先願明細書(甲第9号証)の第1図から、蓋体が分割型であることが認められるから、軌道体が始めから円形状であったとしても、各ベアリング本体を予圧を付与して軌道体に組み付けることができることは明らかである。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(2)、同(3)〈1〉のうち、本願発明の「曲線摺動用ベアリング」が先願明細書に記載のものの「旋回ベアリング」に相当すること、両者が、四方向の荷重を負荷しながら転走する多数のボールとからなり、上記軌道レールを円形状に形成すると共に上記摺動台側の各負荷ボール溝及び軌道レール側の各ボール転走溝を円弧状に形成し、これら負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた曲線摺動用ベアリングである点で構成が一致していることを除く事実、同(3)〈2〉のうち、先願明細書に記載のものも、四方向の荷重を負荷しながら曲線摺動案内することができ、これらの間で各ボールが略々均等に荷重を負荷すること、さらに摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができるという本願発明の効果と同じ程度の作用効果を奏するものであることを除く事実、同(4)のうち、本願発明の発明者が上記先願明細書に記載された発明の発明者と同一であるとも、また本願の出願の時に、その出願人が上記他の出願の出願人と同一であるとも認められないことは、当事者間に争いがない。

2  原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  審決の理由の要点(2)(先願明細書の記載事項の認定)は、前記のとおり、当事者間に争いがない。

そして、甲第9号証によれば、先願明細書には、更に次の記載があることが認められる。

「この発明は、例えば、トラッククレーン、産業用ロボット等の各種の旋回部分の支持に用いられる旋回ベアリングに関する」(1頁左下欄11行ないし13行)。

「符号20はこの軌道体に対して跨るような位置関係に設けられるベアリング集合体である」(2頁左上欄14行ないし16行)。

「なお、ベアリング集合体は軌道体に対して4~8個設けることが多い。また、必ずしも軌道体が回転する使用法に限らず、軌道体が固定される使用法も可能である」(3頁左上欄6行ないし9行)。

これらの記載によれば、先願明細書の旋回ベアリングは、トラッククレーン、産業用ロボット等の各種の旋回部分の支持に用いられる旋回ベアリングに関し、半径Rの軌道体と、それに跨がってその両側に脚部を形成したベアリング集合体と、それぞれの負荷ボール溝の間に挟まれた多数のボールで形成され、ベアリング集合体は、4ないし8個を必ず設けなければならないものではなく、また、回転テーブルに取り付けることまで示唆されてはいないから、固定された軌道体に対して個々に独立して曲線摺動案内されることができるものと認められる。

そうすると、先願明細書に記載の旋回ベアリングは、摺動台と、円弧状又は円形状に形成される軌道レールと、これら摺動台と軌道レールとの間に介装される多数のボールとからなる本願発明の曲線摺動用ベアリングとその構成において異なるところはないと認められ、この点において、本願発明の曲線摺動用ベアリングが先願明細書に記載された旋回ベアリングに相当するとの認定に誤りがあるとすることはできない。

〈2〉  原告は、先願明細書に記載のものは、旋回ベアリングに係るものであり、旋回ベアリングとしての必須の構成である内輪と、外輪と、これら内外輪の間に介装された多数のボールとで構成されているものであると主張する。

確かに、甲第10号証(1頁左下欄13行ないし右下欄2行、特許請求の範囲、2頁右上欄9行ないし17行、2頁左下欄17行ないし右下欄2行、3頁左下欄14行ないし20行)によれば、原告が旋回ベアリングの例として挙げる甲第10号証に記載の旋回ベアリングは、ターンテーブルや所定角度内を繰り返し回転するトラッククレーン、溶接ロボット、マニュプレータ、医療用機器等の旋回部に使用され、ベアリングブロックのベアリング本体の内径側に負荷ボールを介して環状軌道台を設けたものであり、環状軌道台を内輪とすると、ベアリングブロックは、回転テーブルの微調整機構により軌道台側に押圧され、例えば回転テーブルに等間隔に取り付けることにより、回転時には環状軌道台の外径に環状軌道を描くことになるので、外輪に相当すると認められる。そうすると、甲第10号証に記載の旋回ベアリングは、外側軌道輪(外輪)の代替物としてのベアリングブロック群よりなる、ころがり軸受における内輪外輪方式の旋回ベアリングであると認められる。

しかしながら、前記に説示の先願明細書に記載のものは、甲第10号証に記載の旋回ベアリングとは、ベアリング本体が軌道体を跨ぐ位置にある点でベアリング集合体と軌道体との位置関係を異にし、また、軌道体の外径又は内径にベアリング集合体を一体として環状軌道を描くべく等間隔に配置したものではなく、各ベアリング集合体は個々に独立して摺動し得るものであるから、先願明細書に記載のものは内輪と外輪とこれら内外輪の間に介装された多数のボールとで構成されている旋回ベアリングである旨の原告の主張は採用できない。

〈3〉  したがって、原告主張の取消事由1は理由がない。

(2)  取消事由2について

〈1〉  前記説示の本願発明の要旨(特許請求の範囲)によれば、軌道レールの形状についての本願発明の構成要件として、「軌道レールを円弧状あるいは円形状に形成する」と記載されている。この記載からは、軌道レールの形状は円弧状又は円形状をしていれば足りる、すなわち、円形状の軌道レールは直接に円形状のものと、円弧状のレールを組み合わせて円形状に構成したものの双方を含むと一義的に解され、本願発明の円弧状のレールを組み合わせて円形状に構成すると限定して解釈すべき根拠は見いだせない。

原告は、円弧状のレールを組み合わせて円形状に構成する点は、本願発明の課題や作用効果を勘案すれば、本願明細書に実質的に記載されていると解すべきである旨主張する。

確かに、本願明細書中の実施例には、「例えば第8図に示すように、3本の軌道レール3を接続してその仮想円中心Oを中心とする円軌道を構成し」(甲第2号証4頁左上欄16行ないし18行、第8図)と円弧状のレールを組み合わせて円形状に構成することが記載されている。しかしながら、本願発明の特許請求の範囲の記載は、蓋体の構成が内方突き出し部分を持つものであるとか、蓋体が一体成形されたものであるとは限定していないから、蓋体が一体成形されたものであっても軌道レール両端部のボール転走溝をおおう内方突き出し部分を有していないものや、蓋体の構造が分割型等のものも含むことになり、蓋体がこれらの構造のものであれば、軌道レールが直接に円形状に構成され端部を有しないものであっても、摺動台を組み付けることは可能であると認められる。したがって、この点の原告の主張は採用できない。

原告は、軌道レールの端部は、ボールに予圧を付与するためにボール選択嵌合を行うときにも必要である旨主張する。しかしながら、甲第2号証によれば、本願明細書に「本発明の実施例に係る曲線摺動用ベアリングにおいては、例えばその摺動台1側の負荷ボール溝8と軌道レール3側のボール転走溝11との間に若干大きめのサイズのボール4を選択して嵌合するいわゆるボール選択嵌合の手段、左右いずれか一方の袖部6に割溝を設けてボルトで摺動台1側の負荷ボール溝8と軌道レール3のボール転走溝11との間の間隔を調整するようにしたいわゆる隙間調整手段等の適当な手段で予圧の調整を行うことができる。」(4頁左下欄8行ないし17行)と記載されていることが認められ、この記載から明らかなように、一般に、予圧を付与する方法はボール選択嵌合の方法に限られないし、本願発明の特許請求の範囲においても、予圧を付与する方法はボール選択嵌合の方法に限定されていないと認められる。したがって、予圧を付与する方法がボール選択嵌合の方法に限られることを前提とし、その方法によると軌道レールに端恥必要であるとの原告の主張は、本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり、採用できない。

また、本件は、方法的に表現しなければ円弧状のレールを組み合わせて円形状に形成することを表現できない場合とも認められない。

〈2〉  前記説示の先願明細書の記載事項によれば、先願明細書に記載の軌道体10は、「一定の曲率半径Rをもって形成された内外径両側面に負荷ボール溝21’、21”を有する」ものであり、第1図において、「符号10は中心線が曲率半径Rを有する軌道体であって、円形をなすものの一部のみを示してある」ところ、先願明細書に他に軌道体が継ぎ目のない始めから完全な円形であることを意味する記載がなく、旋回部分の支持が大きい場合に複数の円弧状部品を組み合わせて円形状軌道体を構成することが技術常識に属すると認められることからすると、先願明細書に記載の軌道体10は、円弧状部品を組み合わせて円形状にしたもの及び直接に円形状にしたものの双方を含むものと解せられる。

〈3〉  そうすると、軌道レールの点で本願発明と先願明細書に記載されたものとに相違があるとすることはできず、これと同旨の審決の認定に誤りはない。

〈4〉  原告は、仮に被告主張のとおり先願明細書に記載の旋回ベアリングが分割型等の蓋体構成を備えているとしても(この点は、後記(4)〈2〉に認定するとおりである。)、本願発明の曲線摺動用ベアリングとはその軌道体及び蓋体の構成において顕著に相違するものであり、かかる場合においても、本願発明を先願明細書記載のものと同一であるとすることはできない旨主張する。しかしながら、本願発明の曲線摺動用ベアリングと先願明細書に記載の旋回ベアリングが、軌道体の構成においても、蓋体の構成においても相違しないことは上記に説示したところから明らかであり、この点の原告の主張は採用できない。

〈5〉  したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

(3)  取消事由3について

〈1〉  前記説示の本願発明の要旨(特許請求の範囲)には、「軌道レールを円弧状あるいは円形状に形成すると共に上記摺動台側の各負荷ボール溝及び軌道レール側の各ボール転走溝を円弧状に形成し、これら負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」と記載されている。

上記記載によれば、本願発明の「上記軌道レールの仮想円中心」は、円弧状に形成された軌道レールにも、円形状に形成された軌道レールにも存在すると認められるところ、上記特許請求の範囲にいう円形状の意味を、円弧状部品を組み合わせて構成したものに限定して解釈することはできないことは、前記(2)に説示のとおりである。そうすると、「上記軌道レールの仮想円中心」は、円弧状部品を組み合わせて円形状に構成したものはもちろん、始めから円形状に構成されたものにも適用される概念であると解きれる。

先願明細書に記載の軌道体は、始めから円形状をなすものと円弧状の部品を組み合わせて円形状にしたものとを含むと解釈すべきことは、前記(2)に説示のとおりである。そうすると、先願明細書に記載の軌道体が円形状の形状の点で本願発明の軌道レールと一致している以上、先願明細書に記載の軌道体も、本願発明の仮想円中心を有していると認められる。

〈2〉  次に、先願明細書に、「一定の曲率半径Rをもって形成された内外径両側面に負荷ボール溝21’、21”を有する軌道体10と、該負荷ボール溝21’、21”に適合する曲率の負荷ボール溝11、11’を二つの脚部21Lの内面に形成したベアリング本体21」と記載されていることは、前記説示のとおりである。そして、甲第9号証(先願明細書)によれば、「第1図から知られるように、これらの軌道体10の負荷ボール溝11、11’とベアリング本体21の負荷ボール溝21’、21”の各曲率は負荷ボール30を挟むことができるように適合していなければならない。」(2頁右上欄6行ないし10行)と記載されていることが認められる。

これらの記載によれば、先願明細書に記載の軌道体は、一定の曲率半径をもって形成されており、その両側面に負荷ボール溝11、11’を有し、ベアリング本体の負荷ボール溝21’、21”と前記負荷ボール溝11、11’の各曲率は負荷ボールを挟むことができるように適合していなければならないと認められる。ここで、軌道体の両側面は、円形軌道としての機能を果たすため、その両側面は軌道体の円中心と一致する曲率を有していることは自明な事項であり、その両側面に形成された負荷ボール溝11、11’も、円形の軌道体に一様なボール転走路を構成する必要から生じたものであるから、軌道体の円中心を基とする曲率を有することは当然と認められる。そして、負荷ボールは一様な直径を有することを求められており、前記軌道体の負荷ボール溝11、11’に一様な直径が求められる負荷ボール30を介してベアリング本体の負荷ボール溝21’、21”が挟むことができるように各曲率が適合しているのであるから、「適合」の意味は、軌道体の円中心を中心とし、そこから離間した距離分だけ変化した曲率を有していること、すなわち、軌道体の円中心を基とする曲率を意味しているものと認められる。

先願明細書における軌道体が仮想円中心を有していることは、前記のとおりであり、そうすると、先願明細書にも、「負荷ボール溝及びボール転走溝の仮想円中心を上記軌道レールの仮想円中心に一致させた」構成は開示されていると認められる。

〈3〉  原告は、先願明細書に記載の軌道体は円弧状のものとしては観念されていないのであるから、本願発明にいう軌道レールの「仮想円中心」を観念する余地は存在しないと主張するけれども、上記のとおり、本願発明における軌道レールも直接に円形状のものを含むものであるから、この点の原告の主張は採用できない。

原告は、本願発明が仮想円中心に一致させた構成を採用した目的は、円弧状の軌道レールを取り付ける際の位置決めの基準とするためであると主張するけれども、本願発明が軌道レールを直接に円形にしたものを含むことは前記に説示のとおりであるから、この点の原告の主張は採用できない。また、先願明細書の「適合」の意味を、原告主張のように、軌道体の負荷ボール溝とベアリング本体の負荷ボール溝の各曲率が負荷ボール30を挟むことができるようにするものと解することはできないことは、上記に説示したところから明らかである。

〈4〉  したがって、原告主張の取消事由3は理由がない。

(4)  取消事由4について

〈1〉  甲第9号証によれば、先願明細書には「ボールの列が2列に設けられる場合には、負荷ボール溝の形状をサーキュラアーク形状とし、1列の場合には、ゴチックアーク形状とすることにより、上下左右方向からの負荷を支持することができる旋回ベアリングを実現することができる。」(2頁右下欄20行ないし3頁左上欄5行)ことが記載されていることが認められる。この記載によれば、先願明細書に記載のものにおけるボールは、上下左右方向、すなわち四方向からの負荷を支持していると認められる。

そして、前記(3)に説示したとおり、先願明細書に記載のものにおいても、軌道体の円中心を中心としそこから離間した距離分だけ変化した曲率を有するとすることにより、軌道体に一様なボール転走路を構成し、負荷ボールは一様な直径を有することを求められているから、負荷ボール溝に介在する各負荷ボールは、ほぼ均等に荷重を負荷されており、その結果、全体として大きな荷重を負荷されることができるものと解される。

〈2〉  原告は、四方向の荷重を負荷しながら各ボールが略々均等に荷重を負荷して大きな荷重を負荷するためには予圧の付与が必要であるところ、先願明細書に記載のものにおいては端部がないから、予圧を付与することができない旨主張する。

しかしながら、予圧を付与することはそもそも本願明細書の特許請求の範囲に記載されていないと認められる。原告は、ボール予圧付与の構成は特許請求の範囲に実質上記載されている旨主張するが、原告がその根拠として主張する、現実的にはボールに予圧を付与させることなく多数のボールに四方向の荷重を負荷せしめることは不可能に近いことが技術常識であり、本願明細書に接する当業者が当然予圧を付与するものと理解すると解するに足りる証拠はないから、この点の原告の主張は採用できない。

仮に、本願発明の特許請求の範囲にボール予圧付与の構成が実質上記載されていると解したとしても、先願明細書に記載のものも円弧状の部品を組み合わせて円形状に形成した軌道体を含むことは、前記(2)に説示のとおりであり、その場合は、ボール予圧付与をすることができることに疑いはない。また、直接に円形状に形成した軌道体においても、先願明細書の「本発明の旋回ベアリングにボール30を組込むためには、第3図に示すようにベアリング本体21の側面の一部に蓋21Aを設けてこの部分からボールを出し入れし、この蓋21Aによりボール30が脱出しないようにする。」(甲第9号証2頁右上欄19行ないし左下欄3行)との記載及び第3図(別紙図面2参照)によれば、ボールに予圧が加わる適切な寸法のボールを選択して蓋21Aの部分から無負荷ボール循環手段へ供給し、それら無負荷ボール溝の間にボールを充填することができると認められ、また、蓋体を分割型にすれば、各ベアリング本体を予圧を付与して軌道体に組み付けることができることは技術常識であると認められる。なお、先願明細書に記載のものにおいて、蓋体を分割型にするものが排斥されていると解するに足りる根拠は見いだせない。そうすると、この点の原告の主張は採用できない。

〈3〉  したがって、原告主張の取消事由4は理由がない。

(5)  取消事由5について

〈1〉  まず、本願発明における「摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができる」ことの意味について検討すると、前記のとおり、予圧を付与することが本願明細書の特許請求の範囲に記載されていないから、上記記載は本願発明の構成を採用したことにより、「予圧を作用させることができる」との予圧を作用させる可能性が生じたことを意味していると解することができる。

〈2〉  そして、甲第2号証によれば、本願明細書には、従来技術の説明として、「例えば部品搬送システム等においては、・・・部品を積載する位置からこの部品を払出す位置まで曲線的に案内する必要が生ずる場合がある。

そして、従来においては、このような場合に使用するものとして、例えば第9図(第11図は誤りと認める。別紙1第9図参照)に示すように、軌道レール101を円弧状あるいは円形状に形成し、その両肩部に略V字状に突出した突条102を形成し、一方、摺動台103については矩形状のテーブル104の四隅にそれぞれ軌道レール101外周側のカムフォロア105aと軌道レール101内周側のカムフォロア105bとを取付け、これらカムフォロア105a、105bの外輪106外周に形成した略V字状の転走溝107を上記軌道レール101の各突条102に噛合わせ、摺動台103を軌道レール101に沿って曲線的に案内するようにした曲線案内装置が提案されている。」(1頁右下欄12行ないし2頁左上欄8行)、「しかも、カムフォロア105a、105bの外輪106と軌道レール101の突条102との間には、突条102側に形成された斜上方又は斜下方に向かう軌道面と外輪106の転走溝107側に形成された斜下方又は斜上方に向かう転走面との間に滑りが生じ、この部分での摩擦抵抗が大きくて高速運転には不向きであるほか、軌道レール101の突条102と摺動台103の各カムフォロア105a、105bとの間に予圧を作用させるとますますこの間の摩擦抵抗が大きくなるので摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図る目的で予圧を作用させるということもできず、この種の曲線案内装置を精度良く製作することができないという問題があった。」(2頁右上欄3行ないし15行)との記載があり、また、本願発明の構成を採用したことによる作用として、「負荷ボール溝及びボール転走溝と各ボールとの間はボールによって転がり案内されるのでその間にほとんど滑りが発生せず、この部分での摩擦抵抗が小さくて高速運転が可能になり、さらに、摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図る目的で予圧を作用させることもでき」(3頁右上欄13行ないし18行)と記載されていることが認められる。

この記載によれば、本願発明において摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図る目的で予圧を付与させることができるようになったのは、本願発明の構成の採用により、負荷ボール溝及びボール転走溝と各ボールとの間はボールにより転がり案内されることによりほとんど滑りが発生しないためであると認められる。

他方、甲第9号証によれば、先願明細書に「軌道体とベアリング本体との間に相対的移動が生じようとすると、軌道体とベアリング本体の夫々の負荷ボール溝の間に挟まれたボールが転がることによって、両者間の案内がなされ」(1頁右下欄19行ないし2頁左上欄2行)と記載されていることが認められる。この記載によれば、先願明細書に記載のものも、本願発明と同様に、2つの負荷ボール溝の間はボールにより転がり案内されるものである。そうすると、先願明細書に記載のものにおいても、摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができることは当然である。

〈3〉  原告は、先願明細書には予圧を作用させることは記載されていても、先願明細書にはその目的が摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図るためであることの記載はない旨主張する。先願明細書(甲第9号証)に「また、軌道体とベアリング本体とは予圧が付与された状態で組立て一体化されうる」(2頁左上欄5行、6行)と記載されていることは原告主張のとおりであるが、先願明細書に記載のものに予圧を付与すると、当然摺動運動の精度の向上や剛性の向上を図ることができることは、先願明細書に接する当業者にとって自明のことと認められるから、原告のこの点についての主張は理由がない。

〈4〉  したがって、先願明細書に記載のものについて、「摺動運動の精度や剛性の向上を図るために予圧を作用させることができる」とした審決の認定に誤りはなく、原告主張の取消事由5は理由がない。

3  よって、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

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